1984年の冬のことだったと記憶している。アメリカの歌手、「バナナ・ボート」で有名だったハリー・べラフォンテが観ていたテレビ映画。この壮大なチャリティ・プロジェクトはここから始まった。
べラフォンテが観ていたのは、アフリカ(エチオピアだった?)で医療にあたるある医師の活動を紹介するドキュメンタリーの類いの映画だったそうである。そこには迫りくる飢餓とこれを原因とする病に怯えるアフリカの人々と、それをなんとか食い止めようとする医師の姿が映し出されていたという。 |
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ちょうどその年、ボブ・ゲルドフの呼びかけでイギリスとアイルランドのロック・ミュージシャンがエチオピア救済の目的でチャリティ・グループ「Band Aid」を作り成功させていた。この時べラフォンテは、アメリカでも同じようなことができないかと考え、ライオネル・リッチーのマネージャー、ケン・クレイガン、そして親しい音楽プロデューサー、クインシ―・ジョーンズに連絡をとった。
そしてクインシ―が話を持ちかけたのがマイケル・ジャクソンだった。マイケルは82〜83年にかけて傑作アルバム「スリラー」を大ヒットさせ、押しも押されぬKing of Popとしての輝きを放ち続けていた。べラフォンテ、クインシ―、リッチーのアイディアに賛同したマイケルは、早速アクションを起こした。この間の動きは速く、「We Are the World」という楽曲は、マイケルとライオネル2人の手によってアッという間に作られた。
Band Aidが地ならしをしていたからかもしれないが、この企てにはアメリカのビッグ・アーティストたちがこぞって参加した。参加アーティストは以下のようになっていた。
アル・ジャロウ、ウィリー・ネルソン、ウェイロン・ジェニングス、キム・カーンズ、クインシ―・ジョーンズ(プロデュース&指揮)、ケニー・ロギンス、ケニー・ロジャース、ジェフリー・オズボーン、ジェームズ・イングラム、ジャッキー・ジャクソン、シンディー・ローパー、シ―ラ・E、スティービー・ワンダー、スティーブ・ペリー、スモーキー・ロビンソン、ダイアナ・ロス、ダリル・ホール&ジョン・オーツ、ダン・エイクロイド、ディオンヌ・ワーウィック、ティト・ジャクソン、ティナ・ターナー、ハリー・べラフォンテ、ヒューイ・ルイス&ザ・ニューズ、ビリー・ジョエル、ブルース・スプリングスティーン、ベット・ミドラ―、ポインター・シスターズ、ボブ・ゲルドフ、ボブ・ディラン、ポール・サイモン、マイケル・ジャクソン、マーロン・ジャクソン、ライオネル・リッチー、ラトーヤ・ジャクソン、ランディ・ジャクソン、リンジー・バッキンガムそしてレイ・チャールズ。
改めて見てもすごい顔ぶれである。彼らはUSA(United Support of Artists) for Africaと名乗った。まさにアメリカのポップス・シーンを代表するアーティストたちが過密なスケジュールをやりくりして、1985年1月28日ハリウッドのA&Mスタジオに集結したのだった。前年の暮にべラフォンテが思いついたアイディアが、わずか1カ月程度で形なってしまうのだから、彼らのパワーたるや驚きである。どんなこともやればできる、ってことなのだろうか。
当時この作品のメイキング・ビデオを観たが、マイケル、ライオネルはじめすべての参加者の真摯な様子が伝わり、胸を打たれた。おもしろかったのは、自分のソロ・パートをどのように歌ったらいいかわからず悩んでいたボブ・ディランに、スティービー・ワンダーが「こう歌えばいいんだよ」と、レッスンをするシーン。しかもスティービーが教えた歌い方が、メロディの抑揚を抑えたいかにもディランが歌いそうな節回しだったので、思わず笑ってしまった。教わるディランのまじめな表情も、観ている方にはユーモラスに映った。ちなみにディランは本番でも、スティービーに教わったとおりに歌い、それがそのままレコード化されているので、今でもこの曲を耳にするたびに微笑ましくなってしまう。
当然のことながらWe Are the Worldは、シングル、アルバム、ビデオとも大ヒットを記録し、合計で6,300万ドル(現レートでも50億円を超える額!)という収益を上げたが、これらの印税はすべてアフリカの飢餓と貧困層解消のために寄付された。「ロックは死んだ」と言われていた中、このプロジェクトはロックにはまだまだ世の中を変える力が残っていることを印象づけてくれた。ロック好きの人間にとっても、胸のすく快挙といえる出来事だった。 |