開襟シャツ&昭和エッセイ シュガ・プラム・フェアリ  
 
 エッセイ
  当サイトでは気ままに60年代以降の昭和の思い出をエッセイとして綴っています。記憶違いや思い込
 み、うろ覚えで書いたものもあります。ご理解いただいたうえ、お読みいただければと思います。また、
 このような性質のエッセイですので、記述に誤り等ございましたらBBSでご指摘いただけると幸いです。
  ビデオの時代  ’70s
 昭和50年代半ばといえば、私の場合就職して社会人の仲間入りをした時だ。ちょうどその頃、ついに家庭用ビデオ・デッキが手の届く価格で発売された。それまでビデオ・デッキといえば業務用とか学校の講習で使われた巨大な機械というイメージしかなかったが、テレビの上に置けるくらいのコンパクト・サイズで登場したのだ。 ビデオ・テープ
 音楽好きの私は、ビートルズの映像をすべてコレクションするのが夢だったので、発売されるや否やすぐに飛びついた。デッキは当時の価格で25万円だった。確かあの頃の大卒の初任給が10万ちょっとだったので、実に給料の2.5ヵ月分である。今の価格に換算すると50万くらいだろうから、手が届くとはいえ結構な高値だ。これを値切って2割引の20万で購入し、家まで届けてもらった。生テープもこれまた高価で、LPレコードが1枚買えるくらいの値段だったと記憶している。
 早速テレビに接続し録画予約の手順を覚え、番組表をチェックして手ぐすね引いて待っていたが、民放では中々洋楽のライヴは放送されなかった。だから当時のNHKの洋楽ライヴはありがたかった。見たい洋楽ものは大体NHKがパイオニアだったのだ。
 私が最初に録画した音楽番組はABBAだった。ABBAは当時人気絶頂だったので、ぜひとも録画しておきたかった。ABBAに限らず、このころ録画したものはテープが擦り切れるほど鑑賞したものだ。私の音楽好きの友だちは未だビデオ・デッキを買えなかったので、人気アーティストのライヴ映像を所有している私は鼻高々であった。休日は友人がやってきて我が家は即席のコンサート会場になった。
 ところで肝心のビートルズものはというと、中々テレビで放映してくれなかった。仕方なく秋葉原に行ってビートルズのビデオを探したが、これまた大変高価で1本3万円前後もする! しかも、全部英文の上、説明不足で中身がどんなものかよくわからないような代物ばかり。おまけに3〜4種類しか置いてなかった。
  迷いぬいたあげく購入したビデオは、ビートルズがゲスト出演する音楽番組だった。見知らぬアーティストが入れ替わり立ち替わり現れては知らない歌を披露し、これが延々と続くものだからイライラし早送りしてもまだ終わらない。こうしてやっと登場したビートルズは3曲ほど歌って消えてしまった。1曲あたり1万円という感じのボッタクリというか、とんだ駄作でガックリきた。この後、レンタル店も登場したが当時のレンタル料は定価の1割と大変高価だった。なので、見知らぬ作品を鑑賞するというのは結構なリスクを伴ったのである。
 デッキを買ってすぐにビデオは音楽向きでないということが判明した。特に3倍速では、再生した時音がひどく不安定だったからだ。必然的に音質よりライヴの臨場感を楽しむ方向に価値を見出していくしかなかった。野球中継やドキュメンタリーは3倍速で、音楽は標準速で、という具合に使い分けるようになっていった。
 この初代ビデオ・デッキは数年程度しかヘッドがもたなかった。電気屋は高い修理代を払って直してもまた壊れると言う。しかしビデオ・デッキの価格はすでに劇的に下がってくれていた。巷ではアダルト・ビデオの登場で需要が爆発的に伸びていたからだ。平和な時代では、やっぱりこういうHな情熱が科学技術を飛躍的に発展させるようだ。
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