開襟シャツ&昭和エッセイ シュガ・プラム・フェアリ  
 
 エッセイ
  当サイトでは気ままに60年代以降の昭和の思い出をエッセイとして綴っています。記憶違いや思い込
 み、うろ覚えで書いたものもあります。ご理解いただいたうえ、お読みいただければと思います。また、
 このような性質のエッセイですので、記述に誤り等ございましたらBBSでご指摘いただけると幸いです。
  スパイキャッチャーJ3  ’60s
 私はなぜか街で芸能人を見かけることが多い。田中邦衛とたまたま書店で隣り合わせたことは「イカスぜ! 青大将」の項で触れたし、「木枯し紋次郎」の項では道で上条恒彦とすれ違ったお話もした。しかしこれはホンの序の口で、カジュアル・ウェア「シンプル・ライフ」のキャンペーンで来日したリンゴ・スターと銀座で出くわしたことを筆頭に、けっこう沢山の芸能人 空飛ぶコルベット
を目撃してきた。キョロキョロしながら街を歩いているということなのだろう。そんな私が、たぶん最初に街で出くわした芸能人が川津祐介だった(と思う)。
 小学生の頃、父がよく家族を連れていってくれたのが西武園だった。当時首都圏には、もちろん東京ディズニーランド(83年開園)などはできていなかったし、子供が喜ぶテーマ・パーク(当時は遊園地という呼び名しかなかったが)は、後楽園、多摩・朝霞テック、よみうりランド、向ケ丘遊園、横浜ドリームランド(子供の頃はディズニーランドと勘違いしていた)、谷津遊園、二子玉川園そして豊島園、西武園くらいのものだった(現在は閉園してしまったところもけっこうあるなぁ)。父は子煩悩だったので、私たち兄弟をこれらすべてに連れていってくれたが、地理的に便利だったのが西武園だったために、比較的頻繁にここを訪れていたのである。
 ある日いつものように駐車場から西武園の入り口に向かって歩いていくと、入口近くのレストランの前に黒山の人だかりができていた。「何だ、何だ」と見にいくと、どうやら何かのドラマの撮影をしているようである。こんな場面に出くわしたのはこの時が初めてだったので、しばらく皆で見ていた。すると、レストランの中から川津祐介が出てくるではないか! 「ワッ! J3だ!」私は嬉しさのあまり思わず叫んでしまった。
スパイキャッチャーJ3  「J3」というのは当時(196566年)のテレビ・ドラマ「スパイキャッチャー J3」のこと。主演は川津祐介で、丹波哲郎や江原真二郎が共演する、スパイもの。TULIPという組織に属するスパイキャッチャーたちが、悪の組織TIGERと戦う物語で、日本製スパイ・ドラマということもあり、子供たちには大人気だった。しかも、特撮もあって、J3の愛車は水陸両用の上をいく空まで飛べる車だった。この車、シボレー・コルベット・スティングレー(コンバーティブル)をベースにしたもので、前輪の後ろあたりからジェット噴射で空を飛ぶ、007のボンド・カー顔負けの夢のような自動車なのだ。私もその頃、ミニ・カーでコルベットを買って宙に浮かせ
ては悦に入っていた。
 それほど夢中になっていたJ3がそばにいたのだから、子供としては大興奮。なにしろJ3役の川津祐介、ダンディでニヒルでかっこいいことこの上なかったのだ。しばらくワクワクしながらその場の状況を見ていると、いよいよ本番の撮影が始まった。待ってました!! である。ところがカチンコが鳴って、J3が自動車のドアを開けて外に出る。ドアをバタン、と閉める…… さて、これからどうなるのかなぁ、と思っていたところに「カット!」の声。川津祐介はそそくさとレストランに戻り、ロケ隊は撤収を始めてしまった。
 「あれ!?」父に尋ねてみると、「ドラマは部分部分で撮影するから、もうあれでおしまいだ」と言われ、後ろ髪を引かれながら入り口に向かった思い出がある。子供だった私は、当然テレビのように話が繋がるように撮影も行われるのだろうと思っていたので、父の言ったことも、ロケ隊の撤収も、俄かには信じられなかった。せっかく連れてきてもらった西武園だったが、J3のことが気になって、いつものようには楽しめなかった記憶がある。それ以降、J3の番組は欠かせなくなった。あのシーンがいつ出てくるか、ずっと楽しみだった。
 それから3週間ほど後になって、西武園で撮影されたシーンが使われている回がやってきた。あれほど楽しみにしていたのに、そのシーンは一瞬で、上手に次のシーンへと移行していった。期待が大きかっただけに、とてもあっけない気がした。しかし、西武園での出来事をとおして、私はますますこの番組が好きになっていった。
 この時以降、古くは「柔道一直線」(ある川原で地獄車のシーンを撮影していて、高松英郎がスタンバっていた)、いちばん最近では「ナニワ金融道」(最近とも言えないが…… SMAPの中居くんと石田ひかりちゃんのシーンだった)まで、何度か撮影しているところに通りがかった。90年代初頭のフジテレビ月9ドラマ、「素顔のままで」などは、当時勤めていた会社関係の施設があるマンションが、中森明菜の暮らすマンションという設定になったりして、そこを覗きこむ安田成美のシーンを見たし、会社の中でも2時間ドラマのロケが行われて沢口靖子が来たり、ということもあった。だが、あの時西武園で見た川津祐介ほどのインパクトはなかった。それほどあこがれのJ3だったのだ。
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