開襟シャツ&昭和エッセイ シュガ・プラム・フェアリ  
 
 エッセイ
  当サイトでは気ままに60年代以降の昭和の思い出をエッセイとして綴っています。記憶違いや思い込
 み、うろ覚えで書いたものもあります。ご理解いただいたうえ、お読みいただければと思います。また、
 このような性質のエッセイですので、記述に誤り等ございましたらBBSでご指摘いただけると幸いです。
  駄菓子屋  ’60s
駄菓子屋

 今はほとんど見かけなくなったが、私が子供だった1960年代には小学校の周りに必ず駄菓子屋があった(もちろん学校から離れたところにもあったが……)。
 とにかく今のようにものが溢れている時代ではない。ビデオもない。コンピュータ・ゲームもない。テレビでさえどこの家にもあるというものではなかった。子供の楽しみなどほとんどない時代だったのだ。おまけに子

供にゃお金がない。お年玉に1000円札でももらった日には、「これで何でも買える!」と思ってしまうほどだった(実際にはさすがに1000円では買えるものに限りはあったが……)。まあ、日頃から駄菓子屋で5円とか10円の商品を買うことに慣れていては、1000円で大喜びしても無理はあるまい。
 余談になるが、ちょうどこの頃100円銀貨が現在のニッケル貨に切り替わった。さっそく銀行で両替してきた母から新コインをもらった私は、これを宝物のように大事にするつもりだったのだが、呆れたことに駄菓子屋で買い食いするためにあっさりと手放してしまった。駄菓子屋で100円玉を使う子は滅多にいなかったので、駄菓子屋のおじちゃんは初めて見る新コインに目を細めて眩しそうにしていた。

 ……話を戻そう。要するに駄菓子屋はちょっとのお金があればけっこういろいろ買うことができる、子供たちにとっては天国のような場所だったということだ。売っていたのはまず駄菓子。あんずのシャーベットや味付けイカ、透明なビニールの筒や試験管みたいな容器に入ったカラフルな寒天、串刺しのミニ・カステラや麩菓子、ジャムせんべいに紐つきのアメ、その他ラムネから粉ジュースなど子供の好きな食べもの・飲みものが所狭しと並べられていた。
 駄菓子屋で買えたのは駄菓子だけではない。チープなオモチャ類が売られていたから余計楽しい場所だったのだ。銀玉鉄砲や癇癪玉、ぬり絵やメンコにベーゴマ。指をつけたり離したりすると煙(実際は煙っぽいもの)が出るやつからプラモデル、プラスチックの刀等のチャンバラ・グッズ、それに昆虫採集セットまで安価で売られていた。
 おまけに、著作権など誰も気にしない時代だったから、それこそ何でもありだった。あのサンダーバードの塩ビのオモチャも買えたし、なんと新作のキャプテン・スカーレットのエンジェル戦闘機まで登場した! 今の中国のようだ。見よう見真似で製作したものらしく、細部は微妙に違っていたがともかく安かった。
 駄菓子屋のすばらしさはこれだけじゃない。親戚のあった東京下町の駄菓子屋には奥座敷があって、そこではもんじゃ焼きを食べることができた。それこそ、ほとんど具も入っていない粗末なもんじゃだったけど、そういう場所で食べると、なぜか妙にうまいのだ。
 ということで、当時の子供にとって駄菓子屋はなくてはならないプレイ・スポットだったわけである。小学校の授業が終わると、しばらくは校庭で友だちと遊ぶ。野球、サッカー、メンコ、缶蹴り etc.。そして一息入れに駄菓子屋に寄る…… そんな毎日を送っていた。楽しかった。
 一度など、たまたまお金を持っていた私が友だちにおごってあげたことが問題になって、先生からこっぴどく叱られたことがあったし、ときには駄菓子屋のおばちゃんに世のルールを諭されることだってあった。たとえば例のキャプテン・スカーレット・エンジェル戦闘機は5機揃って完璧なのだが、小遣いをもらったばかりの私が5ついっぺんに買おうとした時、店のおばちゃんに叱られた。「買い占めはいかん! これは希少品だからみんなの楽しみがなくなっちまうじゃろう!」と言って、決して1人だけの独断専行は許してはくれなかったのだ。今となればそんな叱られた記憶さえもいい思い出である。
 ところで、私の通っていた小学校の傍にあった駄菓子屋は「文化堂」などという立派な屋号が付いていたが、元々は住居の土間だった4畳半ほどのスペースを売り場にしていた。学校の裏門を出たところ、という絶好の立地で、毎日子供たちでごった返していた。お店のご主人は老夫婦。「おじちゃん」「おばちゃん」と呼んではいたが、「おじいちゃん」「おばあちゃん」という感じだった。もっとも今考えると、こちらが小さかったからそう感じただけかもしれない。今の私と同じ年配だったのかもしれない。
 この「おじちゃん」、いつも耳の穴のある窪んだ部分に5円玉を何枚も重ねて入れるという、驚くべき特技があった。で、5円のおつりの時は耳からその5円玉を出してよこすのだ。「汚ったねぇ!」より「おもしろい!」が先にきた。昔の子供はそんなもんだ。衛生的かどうか、なんて考えていたら駄菓子なんて食べられなかった。だから親たちは我々の駄菓子屋通いに、あまりいい顔をしなかった。「○○ってお菓子には汚い大腸菌が入ってるんだよ!」とか言って脅したりもした。それを知りながら駄菓子屋通いをする。一抹の後ろめたさを感じながら食べる駄菓子も、子供心にこれまたオツなのであった。
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