開襟シャツ&昭和エッセイ シュガ・プラム・フェアリ  
 
 エッセイ
  当サイトでは気ままに60年代以降の昭和の思い出をエッセイとして綴っています。記憶違いや思い込
 み、うろ覚えで書いたものもあります。ご理解いただいたうえ、お読みいただければと思います。また、
 このような性質のエッセイですので、記述に誤り等ございましたらBBSでご指摘いただけると幸いです。
  ハチャメチャ・バラエティ ’70s

高校時代、受験勉強中の身でありながらどうしても見てしまう番組があった。それは「うわさのチャンネル」、正式名称「金曜10!うわさのチャンネル!!」だった。一言で言うならばハチャメチャ・バラエティ番組だ。
 主役は「ゴッド姉ちゃん」の和田アキ子とプロレスの「魔王」ザ・デストロイヤーの2人。そして準主役級がせんだみつお湯原昌幸他多数のタレントが半ズボン姿でスタジオでドタバタギャグを演

うわさのチャンネル
じるのだ。番組中に大ハプニングが必ず発生するよう仕掛けられているので、ついつい期待してしまった。仕掛けだけでなくアドリブも多いので、何が起こるかわからない面白さが常にあった。
  最初は目立たない番組だったが、和田アキ子とデストロイヤーの2人の掛け合いがおもしろく評判になり、視聴率2030%というお化け番組に成長した。
  基本は親分格の和田アキ子が、日本語のよくわからないデストロイヤーに話をふって笑わせながら、子分格のレギュラーやゲストと共に寸劇やらコントやら色々なことをやらせるというものだ。あのデストロイヤーのボケっぷりが面白くて笑っていたが、実際は機転のきく相当頭の良い人だったのだろう。それにしても、力道山と死闘を繰り広げた、あの恐ろしい「魔王」デストロイヤーの頭をポカポカとハリセンや平手でよくぞ叩けたものだ(頭にヘルメットはいつも被っていたが…)。
  和田アキ子だけでなく、せんだたちも一緒になって袋叩きにすることもあった。頭を叩かれても、デストロイヤーは必ず上を見上げるだけで殴り返すことは一切しなかった(当然ではあるが…)。しかし親分格の和田アキ子でさえ苦手のヘビで度々いじめられた。
 この番組は放映を重ねるにつけどんどんハメを外して、現在のテレビでは禁じられている言動のオンパレードになった。たとえば女性ゲストに即興で寸劇をやらせる場合は、放送禁止用語(たとえばポコ○ンなど)を言わせようと、その場で渡す台本に○禁ワードをビッシリと書き込んでいたりとか。またある時は、酒が一滴も飲めないゲストに対し、コントで水を一気飲みするシーンを設定し、用意しておいた水を焼酎にすり替えたりした。今思えばセクハラが多かったが当時はそういう言葉すら存在しなかった。

ザ・デストロイヤー

 極めつけはデストロイヤーがゲストに対しあの必殺技「4の字固め」を本当に決めたことだ。最初の犠牲者は徳光和夫アナウンサー(当時)で、4の字固めをかけられながらその模様を実況中継したのが大ウケとなり、それ以後、毎週誰か1人がこの技の餌食になったのだ。「果たして今週は誰が4の字固めの餌食になるか?」という残酷な予想をするのが新たな番組の楽しみに加わってしまった。有名無名問わず、誰が犠牲になるかはまったく予測がつかず、出演者はきっと戦々恐々だったことだろう。実は人気絶頂のアイドルの郷ひろみが、あわや……ということもあった。しかし技を掛けられる寸前に女性ファンがスタジオに大勢乱入してきてなんとか救出された

のだ。きっと全国のお茶の間でも少なからず悲鳴が上がったことだろう。
 芸能プロダクション側からもこの番組は恐れられたらしい。焼酎や4の字固めで身体を壊されるとかいうことだけではない。清純イメージを大きく壊される番組だったのだ。たとえば人気絶頂のアイドルが相撲取りの巨大な肉襦袢を着させられて登場したことがあった(山口百恵だったと記憶している)。そこでお尻を掻いて「掻いケツ」(魅傑→当時の大関、今は追いつめられた相撲協会理事長!)とかいう駄洒落まで披露したのだ。

 反面、この番組のおかげで全国区の人気者になった人は大勢いる。もちろんデストロイヤーは大変な人気で日本にいる間は善玉レスラーとして活躍した。徳光和夫アナは真面目キャラに面白イメージが加わり芸域を広げた。他にもマギー・ミネンコガッツ石松(当時世界王者)、タモリetc……(そういえばガッツ石松も焼酎を飲まされた)。
 最後に余談だが、昨年、デストロイヤー氏(79歳!)が来日し、ラジオ番組で徳光和夫アナと共演したが、番組終了後に36年ぶりに4の字固めをガッチリ決めたそうだ(笑)。ちなみに2人は親友らしい。

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