開襟シャツ&昭和エッセイ シュガ・プラム・フェアリ  
 
 エッセイ
  当サイトでは気ままに60年代以降の昭和の思い出をエッセイとして綴っています。記憶違いや思い込
 み、うろ覚えで書いたものもあります。ご理解いただいたうえ、お読みいただければと思います。また、
 このような性質のエッセイですので、記述に誤り等ございましたらBBSでご指摘いただけると幸いです。
  ビートルズ考 コーラス・ワーク   ’60s
 今さらビートルズのことを考察するなんて…… という気持ちは、私自身の中にも充分ある。なにしろ「世界1のバンド」であるから、ビートルズに関してはあらゆる方面からの考察が行われ、語りつくされている。しかもかなり専門的な研究を専門家が述べているのだから、私のような者が口を差し挟む余地などないのもわかっている。しかし、何か語りたい。……というわけで、ここでは専門的 ガイコツ・マイク
でもなく、データを気にすることもなく、細かい研究ともかけ離れたところからビートルズのことを考えてみたいと思う。とは言ってみたものの、何から語ろうかと…… とりあえず自分がなぜビートルズに惹かれるのか、といったあたりを綴っていこう。
ビートルズ'67  とにかくビートルズはバンドとしてできるあらゆることを実践したバンドだった…… などというといかにも大上段からって感じになるが、要するにたった4人の人間で完成されたポップ・ミュージックを作るにはどうすればいいかを考え、実行したということである。そのために彼らは、全員で歌を歌った。楽器で両手は塞がっていても、口はフリーだ。だから彼らはギター、ドラム以外に声という「楽器」の腕を磨いたのだ。ドラマーのリンゴを含めて、である。この発想がそれまでのバンドとは決定的に違うところだと言えよう。ビートルズの音楽的ルーツを見てみればわかることだが、彼らはR&Bやソウル系のヴォーカル・グループからガールズ・グルー 
プ、はたまたシンフォニックなもの、あるいはジャジーなスタンダードにまで興味を抱き、影響を受けてきた。そんな「自分たちのお気に入り」の曲を、自分たちのバンドで表現しようとすれば自ずと歌やコーラスを駆使してサウンド作りをするしかなかったのだ。
 ビーチ・ボーイズもコーラスの出来るバンドだったではないか、というご指摘もあるかと思う。しかし、ビートルズとビーチ・ボーイズとでは、R&Rに対するアプローチが違っているように思うのである。ビートルズが上述のようにR&B等から行き着いたコーラス・ワークだとすれば、ビーチ・ボーイズのR&Rはジャズ・ヴォーカル・グループ(特にフォー・フレッシュメン)からのアプローチだった、つまりもともとジャジーなコーラス技術を身につけたメンバーが楽器を手にして、そのスキルをR&Rという表現方法でアウト・プットしたという形なのである。どちらもR&Rバンドなのだが……
 そういうわけで、ビートルズの楽曲におけるコーラス・ワークは、楽器を弾きながらヴォーカル・グループと同じことをやろうという発想とともに、もともとは4ピースのギター・バンドでは表現できないストリングスやホーンのアレンジを声でもって補っちゃおう、というようなところから始まったのではないかと考えるわけである。
 まあ、このような仮定の下に作られるべくしてできあがったのがビートルズ・マジックといわれるあのサウンドだったのである。いや、彼らの作った楽曲はなんの飾りをつける必要もないほど非凡な作品ばかりではある。しかしそれに独特のアレンジが加えられることで、まさに鬼に金棒的、無敵のビートルズ・サウンドが生まれるわけだ。もちろん有能なプロデューサー、ジョージ・マーティンの助言も大きな力となったであろうが、マーティンだってビートルたちに素養があったればこそ有効なサジェスチョンができたのだと思う。
 少年時代、私はビートルズの曲を聴いて、単純にあの掛け合いコーラスに大いに惹きつけられた。そして青年期になると、何の音楽的教育も受けていない二十歳そこそこの若者が、デヴュー当時からあれほどすばらしいコーラスを取り入れた作品を作ることに畏敬の念を抱くようになった。もしPlease Please Meの「Come on...」やYoure Going to Lose That Girlの「Yes, yes, youre gonna lose that girl」の掛け合いコーラスがなかったらどんなだっただろう? 「楽しいポップス」でかたづけられてしまったかもしれない…… そう考えているうちに、私にとって「声も楽器の1つ」という発想を持っているバンドこそがいいバンドの条件なのだ、という想いが浮かび上がってきた。そしてこの「バンド論」は、今日に至るまで私を支配し続けている(それにしても、「This Boy」などの密集コードによるコーラス・ワークは、いったい誰がリーダーシップをとり、どうやってアレンジしたのか、未だに謎である。センスがあったから歌ってみたらできちゃった、ってことなのだろうか?)。
 ところで、読者各位はあのジョン・レノン(しかも若くやんちゃな頃の)がコーラス・ワークにまじめに取り組んでいる姿を、たやすく想像できるであろうか? ジョンだけでなく、彼らはみんな不良少年だったのだ。テディ・ボーイ気取りの少年たちの「まじめ」な様子を想像すると、なんだかおかしくて笑ってしまう。当時から気持はプロフェッショナルだったからこそ、まじめにコーラス練習なんてものをしていたのかな、とは思うけれど……
 昨今のバンド、洋楽・邦楽とも実力のあるバンドがたくさん存在している。しかし、私の好みでいえば、バンドとしての最高のパフォーマンスを見せてくれるバンド、つまりメンバーの「声を楽器として使える」バンドに目が行ってしまう。ヴォーカリストがマイクを握って、バックは楽器演奏に専念し、コーラスはメンバー以外のトラのコーラス隊に…… というスタイルのバンドには、どんなに優れた作品を作ろうとも、やはり興味が湧かないのである。逆に言えば、コーラス・ワークを駆使した楽曲を作れるのは、バンドの特権だとも言えるのだから、そんなサウンド作りをしない手はないと思うのである。
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