開襟シャツ&昭和エッセイ シュガ・プラム・フェアリ  
 
 エッセイ
  当サイトでは気ままに60年代以降の昭和の思い出をエッセイとして綴っています。記憶違いや思い込
 み、うろ覚えで書いたものもあります。ご理解いただいたうえ、お読みいただければと思います。また、
 このような性質のエッセイですので、記述に誤り等ございましたらBBSでご指摘いただけると幸いです。
  六本木  '80s
 六本木といっても「ギロッポン」と読む方ではない。これは、いわゆる業界用語だから、我々はあまりこんな風に呼んだことはない。というより、ギロッポンだなんて恥ずかしくてなかなか口にできるものではない。
 六本木は東京都港区の繁華街のことである。しかし私に言わせると、これほど不便な繁華街も少ないと思う。なにしろ地下鉄日比谷線だけがそこへ行く手段で、それ以外はタクシーでも拾わないと足がなかったのだ(今は都営の大江戸線が開通している)。
六本木 
 私が六本木に足を踏み入れるようになったのは70年代中盤になってからのことだ。それまでは車で通ることはあっても、この街で遊ぶことはなかった。大学に入ってからだから75年以降、ようやっとこの「大人の街」に出没できるようになったのだ。そう、その頃は六本木といえば大人の街というイメージが強かった。当時から小洒落たレストランやファッション・ビルが点在していたが、この頃の私の目的はディスコだった。とは言っても、高級店が多かったので、そう度々繰り出すことはできなかった。若者は渋谷で遊ぶことが多かった…… 特にあまり裕福でない学生などは。
 その後、81年にビートルズ・ライヴの「CAVERN CLUB」がオープンになると、不便な六本木ではあるが、足繁く通うようになった。それまでビートルズの音楽を生で聴こうと思っても、なかなか叶うものではなかった。The Bad Boysは既に解散していたし、アメリカのミュージカル、BEATLE MANIAは品川プリンス・ホテルで公演をやったが、すぐに帰ってしまったし。だからCAVERNの開店は、当時バンドでビートルズのコピーをやっていた私たちにとって本当に楽しみだった。そんな訳で、私はオープンを待ちかねるように、バンド・メンバーと連れだってCAVERNに出かけたのだ。
 開店当時のCAVERNは旧防衛庁(現東京ミッド・タウン)のハス前のビルの4階(だったかな?)にあった。同じビルの1階下には、ジャズ・ライヴの名店「ヴァランタイン」が入っていた(実は私、この店で演奏させてもらったことがあった。が、この店も今はもうない)。
 その頃のハコバンは「The Ladybugレディバグ)」。ベースのチャック近藤(このお方、オフコースに移った清水仁が脱退した後のバッド・ボーイズに入る予定だったという話を聞いたことがある)がリーダーだった。渇望していただけに、プロによるビートルズの生演奏には感動を覚えたし、バンドもヤル気満々で店中がノリノリのグル―ヴ感を生みだしていた。実に楽しい空間を多くのビートルズ・ファンと共有できる場が誕生したものだと、本当に嬉しかったのを思い出す。
 はじめの頃はレディバグのメンバーも固定されてなく、元バッド・ボーイズのリンゴこと城間正博が、なんとリズム・ギターで入って(リンゴさんは器用な人で、ギターも歌も上手にこなしていた!)いたり、時にはリッキー(バッド・ボーイズのジョン)までもが演奏に加わったりしていた。そのうちしばらくすると、ついこの間までThe Silver Beatsのリーダーだった長沼忠明(この人は元々アイドル歌手のバック・バンドでベースを弾いていた)がリズム・ギターで加わり、これ以降バンド・メンバーは定着していった。
 レディバグ人気はどんどん高くなっていった。取り巻きの女の子たちもけっこういたし、オリジナルのLPレコードを出したりもした。しかし、私たちのようにバンドをやっていて、ライヴを観ることで奏法の参考にしようと思っているような連中からすると、レディバグはだんだん物足りなく感じるようになってきてしまった。そもそもメンバーにベース弾きが2人いて、1人はベースを弾きながらジョンの歌を歌い、もう1人は専門外のギター(エピフォンのカジノ。おそらくは店からの支給品)を弾いてポールの歌を歌う…… そんなコピー・バンドらしからぬ状況が発生していたのだ(個人的に言えば、私の場合チャックさんのベース奏法はずいぶんと盗ませてもらえてよかったのだが)。
 当初は月に二度ほどのペースで、しかも閉店の午前3時までいる(レディバグは最終ステージの最後の曲としてThis Boyを演奏していた。それが聴きたくて帰らずに待っていたのだ)というハードなリピーターだった我々だが、徐々に頻度は落ちていった。そして、そのうちに栄光のレディバグも解散してしまった。
 その後の六本木は、キャバクラの客引きが煩わしいほど増え、まるで新宿のようになってしまった。かつての「大人の街」から猥雑な雰囲気が漂い、やたらと外国人が大騒ぎしながら闊歩するような街となった。CAVERNにもいろいろなバンドが入るようになり、そのうちの1つThe Parrotsパロッツが、近所に新たにできたビートルズ・スポット「Abbey Road」(元々はケントス系のライヴ・ハウスだったような気がする)のハコバンとなって、人気を博している。一方老舗のCAVERNでは、ジョンにそっくりのマブジョンこと馬渕英将が人気だったシルヴァー・ビーツが解散した後、しろくまカンパニーというバンド(マブジョンも参加)が頑張っている。
 東京ミッド・タウンができた後、ちょっとは雰囲気を昔に戻せるかもしれない、という小さな期待が持てそうな六本木ではある。
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