開襟シャツ&昭和エッセイ シュガ・プラム・フェアリ  
 
 エッセイ
  当サイトでは気ままに60年代以降の昭和の思い出をエッセイとして綴っています。記憶違いや思い込
 み、うろ覚えで書いたものもあります。ご理解いただいたうえ、お読みいただければと思います。また、
 このような性質のエッセイですので、記述に誤り等ございましたらBBSでご指摘いただけると幸いです。
  Mamma Mia!  ’70s
 過日、メリル・ストリープ主演の映画「マンマ・ミーア!」を観た。ストーリーは、エーゲ海の島でリゾート・ホテルを営む母と娘。母はシングル・マザーとして娘を育ててきたが、その愛娘が嫁ぐことになる。結婚式に、娘は父親の可能性のある3人の男性を母親に内緒で招待し、3人が島へとやって来る。困惑する母と父親候補の3人、そして若い娘の「青春」を描きながら、最後はそれぞれの結婚式が行われて…… といったミュージカル・コメディだ。あの名優ストリープのはじけた演技も素晴らしかったが、それ以上に驚いたのは007、ボンド俳優のピアース・ブロスナンの歌や踊りだった。なんでも彼はこの演技で、最低の映画を表彰(?)する「ゴールデン・ラズベリー賞」の最低助演男優賞に選ばれてしまったそうだ。それと、アバのメンバー・ベニーとビヨルンも、ちょこっと出演していた。それにしても、この映画を観ていて、若い頃のことがよみがえってきて胸が熱くなった。映画の内容とアバの楽曲との相乗効果だろうか。タイトルでもわかるように、このミュージカルは全編アバ(ABBA)の楽曲と絡めて構成されている(もともとはロンドンで上演されたミュージカル)。
ABBA  アバといえば、’70年代中期に「ダンシング・クイーン」をはじめ数々の世界的ヒット曲を連発した、スウェーデン出身の男女4人(2組の夫婦)からなるスーパー・ポップ・グループ。元々は男性陣2人が「ビヨルン&ベニー」というデュオ・チームで、'72年「木枯らしの少女」というヒット曲を出したりしていた。この頃は地味な印象だったが、アバとなって2人の女性(アグネタ…当時、世界一美しいお尻の持ち主と言われていた!…とアンニ-フリッド愛称はフリーダ)の加入で、きらびやかな雰囲気になったように記憶している。そのうえこの2人、歌唱力も抜群だ。ちなみに今さらだが、アバとは4人の頭文字を並べたものである。映画で使わ
れていたのは「ハニー、ハニー」「マネー、マネー、マネー」「マンマ・ミーア 」「ギミー!ギミー!ギミー!」「SOS 」「テイク・ア・チャンス」などの大ヒット曲はもちろん、私がアバを聴かなくなってから発表された「アワ・ラスト・サマー」などという素晴らしい曲も含まれていた。
 アバの全盛期、私は大学生で、当時のディスコ・ブームもあってアバの曲もよく耳にしていた。特に77年のセミ・ドキュメンタリー映画「アバ・ザ・ムービー」を観てから、そのエンターテインメント性に惹かれて、ますますよく聴くようになった。

 そして803月、彼らは日本公演を行った。その年の初頭、P.マッカートニー&ウィングズの公演が、ポールの大麻所持〜逮捕で流れていただけに、アバの来日公演はそれを埋め合わせるようなエキサイティングな出来事でもあった。ようやっとチケットを手に入れて、私も日本武道館へと駆けつけた。「ヴー・レ・ヴー」で幕を開け、上記のようなヒット曲のオン・パレードだった。映画で見たアバの4人を肉眼で見ることができて、とても貴重なひと時を過ごすことができた。なにしろ当時は、今のように大物外タレがどんどん来日するような状況ではなかったし、チケットを入手するのも、プレイガイドに並んで買わなければならなかったので、アバ日本公演が見られてある種の達成感を感じたものである。
「ホーム」へ
「アーカイヴ」へ
「エッセイ」へ
BBSへ
 
           
     ●姉妹店●    Tシャツのfairy t フェアリ・t