開襟シャツ&昭和エッセイ シュガ・プラム・フェアリ  
 
 エッセイ
  当サイトでは気ままに60年代以降の昭和の思い出をエッセイとして綴っています。記憶違いや思い込
 み、うろ覚えで書いたものもあります。ご理解いただいたうえ、お読みいただければと思います。また、
 このような性質のエッセイですので、記述に誤り等ございましたらBBSでご指摘いただけると幸いです。
  TO BE CONTINUED '80s
 スティーブン・スピルバーグの関わった数々の映画作品…… ジョーズ、未知との遭遇、抱きしめたい、インディ・ジョーンズ・シリーズ、E. T.、グレムリン、カラー・パープル、ジュラシック・パーク、シンドラーのリスト、A. I.、ターミナル、硫黄島からの手紙、トランス・フォーマー バック・トゥ・ザ・フューチャー
…… と、列挙すれば限がないほどの名作・ヒット作ばかりだ。しかもその内容は娯楽作品から人権問題まで、実に幅広いテーマを扱っている。そんな中で私が何度観てもおもしろいと思う作品が「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の三部作(85'90)だ。もっともこれはスピルバーグの監督作品ではない。彼は製作総指揮で、監督はロバート・ゼメキスだった。
 物語は、クリストファー・ロイド演ずるちょっと変わった科学者ドク・ブラウンとマイケル・J.フォックス扮する高校生マーティが、ドクの作ったタイム・マシンで時間旅行することで生じる歴史的なズレのために起こるさまざまな事件を、ときにユーモラスに、ときにスリリングに描いている(ここから先はネタばれになります。ご注意を!)。
 まずは第1作(1作完結の予定だったので、パート1ではない)。物語はドクが作ったタイム・マシン(有名なデロリアン!)の燃料・プルトニウムを、ドクがテロリストから奪ったことで、報復で襲撃され殺されてしまうところから始まる。マーティはデロリアンに乗り込んで逃げようとするが、時間移動装置が作動して彼は30年前に連れていかれてしまう。着いた所はマーティの両親がまだ高校生だった1955年。父は気が弱く、いつも不良のボス、ビフにいじめられている。そのビフはなんとマーティの母に強烈にアタックをしている。だが、両親が結ばれないことには自分の存在自体が危うくなるマーティは、なんとか2人を近づけようと必死になる。ところが自分の母親は、なんと未来から来たマーティにほのかな恋心を抱いてしまう。どうなるマーティ? 両親をくっつけることはできるのか? 果して無事に未来へと帰ることができるのか? ……といった展開。
 パート2は、無事1985年に戻ったマーティがガールフレンドのジェニファーとドライヴに出かけようとするところから始まった。だが、未来に行っていたドクにジェニファー共々30年後へと連れていかれる。2人の未来の子供がトラブルに巻き込まれるというのだ。未来世界では、マーティの活躍で事なきを得るのだが、マーティが賭けに使えると思って骨董品屋で買ったスポーツ年鑑(2000年までのあらゆるスポーツの勝敗結果が載っている)が、年老いたビフの手に渡ってしまったことで、戻った85年の自分の街の様子が変わってしまっていた。ビフ老人はドクがタイム・マシンを作ったことを知って、マーティとドクがいない隙にデロリアンで'55年に戻り、若き日の自分にこのスポーツ年鑑を渡し「賭けて儲けろ」と伝えてきたのだった。ビフはこの年鑑のお陰でさまざまな賭けに勝って大金持ちになり、マーティたちが戻った85年はビフの天下になっていたのだ。父は死亡し母はビフの妻になって…… マーティたちは'55年に戻り、この年鑑を取り返そうとする。
 パート3は、55年から85年に戻ろうとした時、デロリアンが雷に打たれてアクシデントでドクだけが100年ほど前の開拓時代にタイム・スリップしてしまったところから始まる。'55年のドクに協力してもらって未来へ帰ろうとするマーティだが、ふとしたことからドクの墓標を見つけてしまう。そこには、開拓時代にダネンという男(ビフの祖先らしい)に殺されたいう表記があった。マーティは開拓時代に行ってドクの命を救うことを決意する。開拓時代に行くと、そこでは「狂犬」と異名をとるダネンとの対決やドクの恋愛、おまけに先住民に燃料タンクに穴をあけられて未来に帰るためのガソリンがなくなるなど、たくさんの困難が待ち受けていた。
マーティ・マクフライ  ……といった内容だった。全編をとおして時間旅行による歴史の書きかえの危険性、あるいは「自分の未来は自分で切り開け」といったことを訴えていたのだが、チャック・ベリーが「ジョニー・B. グッド」を作る前にマーティがこの曲を演奏し、それをチャックのいとこがチャック本人に「新しいサウンド」として教える、などという粋なエピソード(本当にあったらひどい話だが)をちりばめているので、とにかく楽しめる作品になっていた。最初に観た時は気づかなかったのだが、観直してみると第1作とパート2ではジェニファーを演じる女優さんが変わっていたなどという、続きもの特有の発見があったりして、ひとりほくそ笑んだりしたものだ。
 ちなみに最後に出てくる表示、象徴的とされる「TO BE CONTINUED(続く)」は、実は一度も表示されなかった。第1作は、それで完結する予定だったのでもちろん表示なし(ビデオに入っていたため有名になった模様)。パート2の最後はちらっと見ただけでは見間違えるが、「TO BE CONCLUDED(次回完結)」となっていたし、パート3では「THE END」の表示だった。
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