開襟シャツ&昭和エッセイ シュガ・プラム・フェアリ  
 
 エッセイ
  当サイトでは気ままに60年代以降の昭和の思い出をエッセイとして綴っています。記憶違いや思い込
 み、うろ覚えで書いたものもあります。ご理解いただいたうえ、お読みいただければと思います。また、
 このような性質のエッセイですので、記述に誤り等ございましたらBBSでご指摘いただけると幸いです。
  さらばマイケル・ジャクソン  ’70s '80s
マイケルの手袋  マイケル・ジャクソンが今年('09625日、突然この世を去った。マイケルといえば、ついこの間まで私物のオークションをするとかしないとか、正直このところの印象は「お騒がせ屋さん」という感じだった。何度かの少年に対する性的虐待疑惑、それから自分の子供を窓から宙吊りにした
り…… かの傑作「スリラー(アルバムで1億枚以上も売り上げたそうだ!)」を出してからしばらくは、確かに「King of Pop」だったが、’90年代以降はその奇行が大きく取り沙汰されてしまい、残念な思いをしたのは私だけではないだろう(彼の死が報じられて、掌を返したようにそのニック・ネームが再度クローズ・アップされたのは、少し悲しい気もした)。
 しかし、あれだけルックスが変貌してしまった(たび重なる整形と、病気とされる肌の色の白い変化)のを見て、あるいはマスクをした姿しか見せないことを考えた時、マイケルが突然謎の死を遂げたというニュースを耳にしても、私の中でさほど不思議ではないというか、「やっぱり……」という気持ちが持ち上がってしまったことは否めなかった。
 むしろ'77年のエルヴィス・プレスリーの死を知った時の方が大きなショックを受けたような気がする。エルヴィスの場合もやはり「謎の死」で、一説に「ドーナツ病」などという変な症状によるものとも言われていて、マイケルのそれとケースとしてはよく似てい
 マイケル・ジャクソン
る。なのに、マイケルの死よりもショックに感じたのはなぜなのだろうか?
 1つは私自身の世代のせいかもしれない。エルヴィスの場合、自分が子供だった時期に接したロックンロール・ヒーローだったわけで、少なからず影響を受けた存在だった。一方マイケルは、流行りをきっかけに接するようになったポップ・スターで、年齢的にもそれほど影響を受ける存在ではなかった。つまり「スリラー」を見て、聴いて、強く興味を抱いた相手だったということである。もちろん彼がJackson 5にいた頃、ソロで「ベンのテーマ」を歌っていた頃も知っていた。が、その頃は「スゲー子供がいる!」と思いはしたものの、傾倒するには至らなかったし、その後の'70年代後半のJacksons時代の活動も「改名したんだぁ」などと思っていた程度で、大きな関心を払うところまではいかなかった。
 もう1つは、エルヴィスの訃報が流れた頃というのは、今と比べて情報の少ない時代だったということも大きな理由だったのではないだろうか。当時エルヴィスはほとんど表舞台に現れず、私たちは彼がどのように過ごしているのかをよく知らない状況が続いていた。そんな中突然「エルヴィスが急死した」ため、ミステリ性も作用してショッキングな出来事という印象がさらに強まったのかもしれない。
 それはともかく、「スリラー」以降'80年代のマイケルはすばらしかった。ポール・マッカートニーとの共演も、我々ビートルズ・ファンに対して強くアピールしたが、それ以上に楽曲・パフォーマンスともに彼の実力を世界中に見せつけた。おそらくそのミュージック・シーンに与えた影響力たるや、決してエルヴィスと比べても引けを取らないものだと言えるだろう。いずれにしても2人とも、いかにも「ロック・スターの死」的な最期ではあった。
 マイケルは今年行われる予定だった公演のリハーサルを入念に行っていたという。そのステージが見られなかったことはとても残念な気がする。功績を称え、彼の死を惜しむとともに冥福を祈りたい。
追記('09年11月)
過日、映画「This is it」を観てきた。正直なところ私は、晩年のマイケルに対してかなりのマイナス・イメージを抱いていた。しかし映画の中に写っていたマイケルは、極めて真摯な態度でロンドン公演に向けてのリハーサルを繰り返していた。この公演が実現していたらきっと、歴史に残るようなすばらしいパフォーマンスを観ることができたであろう。映画を観たことによって、私の中でマイケルに対する信頼感が戻ってきたと同時に、新たな尊敬の念が芽生えたようである。
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