'60年代の日本を象徴するスターといえば、何といっても加山雄三である。「戦後」から、新しい、いい意味での「アメリカナイズ」された生活へと移行していく高度経済成長の時期に、彼の演じた若大将は、当時の若者のあこがれの存在であったはずだ。少なくとも、私は大いにハマッてしまった。コカ・コーラのCMに出ていて、「スカッとさわやか」というキャッチ・コピーにぴったりだった。とにかく加山はさわやかでカッコよかった。
私が初めて観た「若大将」は、’63年公開の「ハワイの若大将」だと思うが、実はこの時の記憶はあまりない。この時のお目当ては併映の怪奇映画「マタンゴ」だったように思う。なにしろ当時の東宝映画は、円谷英二による特撮が軌道に乗っていて、既にゴジラもモスラ、ラドンも誕生していた。 |
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で、'60年代前半はこういった怪獣映画やクレージー・キャッツものとの併映がけっこうあったので、当時の子供たちには怪獣映画をとおして若大将に出会った人も多かったのではないだろうか。しかし、なぜ「マタンゴ」を観にいったのだろうか? 怪獣ものならともかく、この作品は子供が好んで観たがるものじゃない。もしかして、父があの美しい水野久美のファンだったから、連れていってくれたのか? いや、思い出した。その前の年、「キングコング対ゴジラ」を観て、円谷ワールドにドップリ浸かっていた私がせがんだのだった。いずれにしても、私がまだ小学校低学年の頃の話だ。 そんなわけで、かく言う私も最初っから若大将見たさに映画館に行っていたわけではなかった。怪獣を見にいって、いつしか若大将に気持ちが傾いてしまったのである。それが決定的になったのが’65年の「エレキの若大将」だった。シリーズ第6作、だそうである。その前の第5作、「海の若大将」もハッキリと記憶しているが、この「エレキの若大将」と決定的に違ったところが「音楽」だった。
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それまでは挿入歌こそ加山の曲が使われはした(ペン・ネームは弾厚作)が、この映画では加山自身が作曲したオリジナル・ソングが全面的に使われた。「君といつまでも」「夜空の星」、それとインストゥルメンタルの傑作「ブラック・サンド・ビーチ」。俳優が片手間に作るといったものではなく、弾厚作の作曲能力はとても高いものだったし、実験的な曲作りを実践していたと思う。私はこの映画を見て、初めてギターを弾けるようになりたいと思ったのであった。ちなみに併映作品は「怪獣大戦争」で、宇宙怪獣キング・ギドラの襲来をゴジラとラドンが迎え撃つ、といった話だったが、こちらにも水野久美が出演していた。 |
加山出演の「若大将シリーズ」は、このあと「帰ってきた若大将」を含めると18作目まで作られた。当然、書きたいこともまだまだたくさんあるので、このトピックについては改めて語ってみたいと思う。参考として、以下に18本のシリーズ名を揚げておく。
1.大学の若大将
2.銀座の若大将
3.日本一の若大将
4.ハワイの若大将
5.海の若大将
6.エレキの若大将
7.アルプスの若大将
8.歌う若大将
9.レッツゴー!若大将
10.南太平洋の若大将
11.ゴー!ゴー!若大将
12.リオの若大将
13.フレッシュマン若大将
14.ニュージーランドの若大将
15.ブラボー!若大将
16.俺の空だぜ!若大将
17.若大将対青大将
18.帰ってきた若大将 |
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